認知行動療法による薬に頼らないアプローチ

 

正常な不安と病的な不安 

不安とは、本来、誰しもが持っている自然な感覚です。恐怖や不安を感じることで人間は危険な状況を察知し、それを回避する為の問題解決に向け行動を起こす原動力を生み出す事が出来ます。不安を感じる事は、人間が生きていく上で無くてはならない大切な感覚です。
また不安や恐怖を感じる原因を取り除けば、自然と不安はなくなっていきます。それが正常な不安です。

しかし、実際には何も怖いものがそこに存在していないのに恐怖心が襲う。十分な根拠もないにもかかわらず不安を感じる。またたとえ原因を探り取り除いても、いつまでも不安は解消されない等は、病的な反応といえるでしょう。

強迫性障害(OCD)をはじめとする社会不安障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、恐怖症などです。

 

「薬物治療」と「認知行動療法」

不安障害の治療として、「薬による治療」と「認知行動療法」があります。

薬による治療と認知行動療法による治療はどちらが優れているというものではなく、それぞれにメリット、デメリットがありますし、併用することもあります。

薬による治療のメリットとしては即効性があることが挙げられます。どうしようもなく苦しくて辛い時に直ぐに楽になれることです。

デメリットとしては、ときに薬による副作用や耐性・依存形成などが挙げられるでしょう。

認知行動療法による治療のメリットとしては、副作用がないということ。認知療法により、物事の見方や考え方をコントロールできるようになれば、その後の効果も持続できることが挙げられます。デメリットは、時間をかけてトレーニングを繰り返し、繰り返しする必要があるので、即効性がないことです。

ここでは、心の病気に対して、少し心のあり方について焦点を充ててみようと思います。

 

薬だけに頼らない努力をする理由

あなたが風邪をひいて熱が出た場合。
まずなぜ熱がでるのかというと、体内に侵入した風邪のウイルスに、身体の防衛機能が働いて発熱を起こしているのです。ウイルスは熱に弱いので、発熱することで、体の中で細胞たちが菌と戦っている証拠なのです。

このような場合、辛いからといって、すぐに解熱剤で無理に風邪の熱を下げていまうと、ウイルスの菌は身体にとどまったままで、返って風邪の症状を長引かせてしまいます。

ただしあまりにも高熱が出た場合は専門医に判断し適切な治療を行わなければなりません。

この風邪による発熱と同じく、心の病気も、心の問題を扱わずにすぐに薬に頼ってしまっては本当の回復が長引いてしまう可能性があります。

例えばうつの症状を例に上げてみましょう。

うつ病とは、あまりのショックを経験したり、辛くて辛くて仕方ない状況に陥った時、人は潜在意識のレベルで心の自然治癒力を発揮させ、頑張って弱った心を回復させようとします。その為に全体に感じることを落とし、他からの新しい刺激をシャットアウトし、静かに心の回復を図っている状態のことです。

逆に言えば、もしうつにならなければ、もっと心はひどい状態になっているかもしれないのです。

しかしこの回復しようとする手段を用いないで、すぐに薬で一時的に感情をハイもしくはクールダウンさせて気分を調整したとしたら、それは本当の意味での治療となるのでしょうか。

もちろん、あまりにも症状が重く苦しい場合や、肉体的な苦痛を伴うものであれば、すぐに専門医の判断を受ける必要があります。

今回、少しでも薬に頼らない選択肢について参考にして頂ければ幸いです。

 

認知行動療法による不安障害へのアプローチ

そういう意味で、薬を使わない治療法の一つに先に述べた「認知行動療法」というものがあります。

不安障害の治療として、海外では、薬物療法と認知行動療法の効果を、うつ病と不安障害で検証した結果、うつ病では、薬物療法と認知行動療法は同等の効果でしたが、不安障害では認知行動療法で、より効果が高い傾向がみられました。

ただ問題としては、日本で不安障害に対する認知行動療法は、それを行う専門家がいまだ少ないのが実情です。そのため、専門の病院を探すことが困難なことと、またマニュアルに準じて継続して治療を行わなければならず、診察費用も馬鹿になりません。

そのため、通院ではなく、自分でできる認知行動療法の方法を紹介したいと思います。

 

 そもそも、認知行動療法とは?

「現実に起こっている状況の受け取り方」や「そのものの見方、捉え方」を認知と言います。

人は何かの出来事が起こると瞬時に様々な考えやイメージが浮かびます。これは「自動思考(思考)」と呼ばれます。その時の心のストレスや不安を抱いた「思考」に気づき、その思考を柔軟にバランスのよい考え方に変えていく方法です。

インターネットや書籍等で様々な認知行動療法のトレーニングが紹介されています。専門家医師により、通院せずに認知行動療法を体験できます。

ただ、この場合はあるプログラムに基づいたトレーニングの為、様々なステップを進んでいく必要があり、スタートするためのエネルギーやそのプログラムを続ける為のやる気をどう維持するかが難しいかもしれません。

(参考)インターネットで認知行動療法を体験できる
「こころのスキルアップ・トレーニング(ここトレ)」
http://www.cbtjp.net

 

 

プログラム等の教材なしでも簡単にできる認知行動療法

1.   メタ認知

メタ認知とは、自分の認知を認知するということです。

簡単に言えば、自分の思考を別の次元の自分が客観的に見つめることです。

イメージとしては、頭の中にもう一人の自分がいて、自分のことを監視し、コントロールするという状態です。

つまり、メタ認知により、自分の心を知り自分の能力を見極める(自己モニタリング)と、足りない部分や弱点を理解し、自分の心と行動を制御(自己コントロール)していくことです。

例えば、他人に対して苛立ちを感じたとします。その時、イライラに任せて感情を発散させている自分。

その時、「あっ、今、私はイライラしている。一体、自分は何に反応して苛立っているのだろう?」ともう一人の自分が客観的に自分をモニタリングするのです。そうしていくと、いつも自分が苛立ちを感じるときのパターンがあることに気が付きます。それが、ある特定の「声」だったり、「表情」だったり、「話し方」だったりと、モニタリングを通じて、自分がいつも不快に感じるものが何であったのかが分かるようになります。何よりも、苛立ちの原因が相手そのものでないと理解できるようになれば、対人関係におけるかなりの不快感を軽減できるようになります。

そしてもう一つ大切な行動は、自己コントロールです。

これは、モニタリングした結果に基づいて、どのように対処するか対策(または目標や計画)を立てることです。

たとえば、「ある特定の声や話し方」について、苛立っていることが分かれば、それをどのように対処するかを考えます。ある人は、話し方それ自体に注目しないように、相手の話している内容に100%注目したり、ある人は、できるだけ心を穏やかに保つために、その相手と接触しないよう距離を置く等、人によって対処の仕方があるでしょう。

そして、その対策に基づいて行動し、成功と失敗を繰り返しながら、メタ認知の能力を高めていきます。

まとめると

  1. 自然に行動し考える自分を客観的に見る。
  2. 客観的に見ている自分を意識する。(メタ認知)
  3. メタ認知で自分の思考を客観的にみて、自分の無意識のうちに考えてしまうことに法則を見つける(自分の思考パターンがわかる)。
  4. 思考パターンを理解すれば、もしそれが不快な感情をもたらすものなら、未来を予測し対策をとることや、極端な思考パターンなどを修正したりする。

(自分で自分の思考をコントロールできるようになる)

つまり、メタ認知とは、客観的な観察により、自分の思考に巻き込まれない方法なのです。

メタ認知の注意点

千葉大学大学院医学研究院 子どものこころの発達研究センター・センター長の清水栄司氏は、著書「認知行動療法のすべてが分かる本」(講談社)の中で、認知の認知と言われるメタ認知ですが、使い方を間違えると、メタ認知の歪みとなり、かえってうつや不安を抱えている人が、「悩んでいること自体をさらに悩む」という二重構造に陥る可能性があると指摘しています。

つまり悩んでいる自分と、それを外側の自分が眺めて悩んでしまうというパターンです。メタ認知の歪みとは、通常の悩みの背後にさらにもう一つの悩みがひそんでいることです。

例えば、

「認知」→仕事でも人間関係でも失敗ばかりに目が向いて、いつもくよくよしている。

「メタ認知」→愚痴ばっかり言って何もしない自分が嫌で、そんな自分に対してさらにくよくよする。

「認知」→何故か分からないけど不安を感じて、仕事も趣味も手につかない。
「メタ認知」→わけもわからないで心配してばっかりいる自分をそれではイケナイとさらに心配する。

メタ認知(考え)の歪みは、「悩みは悩むことで完全にコントロールできる」という考えから起こります。

もちろん、悩むことで解決の方法を考えることができるなどの利点もありますが、ほとんどは、思い悩むことで時間を無駄にし、悩むだけで解決策が浮かばない。そして心配事から離れられず、さらに不安が強まるといったデメリットのほうが大きいのです。

では、認知の歪みを改善する為には、どうすればいいのかというと。

まず認知の二重構造に気づくこと。「今、心配を心配し続けて頭を使いすぎ、悪循環につながっている」ということを理解すること。「もんもんと悩んだり、悔やんだり、心配したりすれば心配事がなくなる」とは限らないことに気づくことです。

2.   視点を自由にコントロールする方法

悩んでいることを解決しようとせず、その「不快」の感情がもたらす思考や感情に対して、ただ「観察者」でいること。それについてどうするか考えないで、徹底して観察者でいることで、自分と引き離すことができます。

不快を感じている自分 ≠ 観察している自分

また、あなたが「快」の感情(たとえば笑いなど)を観察したときは、徹底して自分と同化するのです。

快を感じている自分 = 観察している自分

それが『視点の自由なコントロール』です。

これは、日常の中で、いつも意識してトレーニングしていくと出来るようになります。習慣化することで、あなたの目に映る世界は変わってきます。

3.   思考を止める訓練

自分自身、考えたいわけではないのに、無意識のうちにネガティブなことが浮かんでくることがあります。

自分は嫌われてるんじゃないか。自分は生きる価値のない人間だ。仕事はきっとうまくいかない。彼女から捨てられるかもしれない…等などです。

これらの妄想、雑念があなたを苦しめているのです。

自分の意志とは関係なく、どうしてもネガティブな気持ちに苛まれてしまう。苦しくて、生きる力が失われてしまう。

そのようなネガティブな思考によって、何一つ得をしないにも関わらず、また自分が考えたいと思っていないのに思考を止められないのです。大切な事は、思考は決してあなたの見方ではないという事を知る事です。実際の出来事がどうであれ、思考さえやめることができれば、苦しまなくてすむのです。

つまり、「考えている」から苦しいのです。

この何一つ得をしない思考は無駄な行為なので、止めてしまえば楽になるのです。

でも…どうすればそれらの思考を止めることができるのでしょうか。

浄土真宗月読寺住職、小池龍之介氏が勧めている思考への対処方法を紹介します。

「自分なんて・・・・」「どうせ何をしてもうまくいかない・・・」など考えていることに気づいたら、すぐに「あっ、今自分は考えている!」と意識し、「今、考えている」と心の中で3回以上唱えるのです。「今、考えている」と心の中で唱えることで、自分が考えてしまっていることを自覚します。そして「考えているから苦しいのだ」ということを自覚するのです。

苦しみというのは、決して「逆らえないもの」でも「避けようのないもの」でもありません。ただ単に『思考が引き起こしていることに過ぎない』と意識するのです。すると「あっ、そうか。自分は考えているだけなんだ」と気づき、考えが静まっていきます。「考えている」という事実が客観化され、心の乱れがクールダウンしていくという仕組みです。

なので、様々なネガティブな思考が生じたら、すぐに「あっ、今、考えてる。考えてる。考えてる」と心の中で唱えてるのです。
人間というものは、とても思考の攻撃に弱いのです。
なので、毎日、少しずつ、少しずつ思考に対処する訓練を続けることが大事です。

そうするうちにだんだんと「この苦しみは自分とは関係がなく、思考が勝手に現れてくるだけ」と感じるようになるでしょう。

ネガティブな思考が起こっている時、「考えるな!」と思考を無理に止めようしてもとめられません。ここで大切なのは、「考えない」ように頑張るのではなく、「考えている」ことを意識すること。それだけで、これは本当の自分ではなく、自分の考えだと違いが分かるようになります。

苦しくて辛いのは、「自分」ではなく、自分の「考え」なのです。

4.   『今』に注目する

ふと過去に心が傷ついたこと等を思い出して落ち込んだ気持ちになったり、未来の事を考えて、もっと不幸な出来事が起こったらどうしよう、失敗したらどうしよう等と不安になったりすることがあるかもしれません。

しかし、それも勝手に脳の中で思考がそう思わせているのです。

その様な時には、「今」に注目(意識)してみてください。

もし過去にあなたを傷つけた人(出来事)を思い出し、落ち込んだ気持ちになったとしても、今、この瞬間、あなたの周りには何もあなたを不安にさせるものは存在していないのです。今、あなたの周りには、今しかないのです。

また過去に自分が犯した失敗にずっと後悔していたとしても、過去は絶対に変えることはできません。反省と後悔は違うものです。後悔し続けることは、ある種の自己憐憫でもあり、不幸な状況から抜け出ることはできません。しかし反省は未来を切り開くカギとなります。

また、未来の事をあれこれ心配するのも無駄な事です。今、何も起こっていないのに、未来に起こるかもしれない不安に恐れる必要は全くないのです。未来の事は未来になって心配すればいいのです。

大切なのは、「今」です。あなたは「今」を生きているのです。

ただ「今できることをやるしかない!」と今に集中することで心が落ち着くことができるようになります。

 

最後に

もし今、不安に対して薬を我慢することが不安で、ストレスがより悪化するのであれば、我慢せず主治医から処方された薬を適量飲んだほうがよいと思います。

飲まないように我慢するのではなく、「飲まなくても不安感が消える努力をする」ことです。

苦しい時、薬と併用しながらも、少しずつでも薬を飲まないでいけるよう、心の在り方を見つめるきっかけにしてもらえたらと思います。